最近、子どもを持つ親御さんたちと話してると
“自主性が大事”ってワード、よく出てくるんですよね。
うんうん、わかる。
自分から動ける子、育ってほしいもんね。
でもその一方で、僕はちょっと気になったんです。
「それ、本当に自主性…?」って。
たとえば。
何しても「いいよいいよ〜」って口出しせずに見守ってる。
一見、子どもの自由を尊重してるように見えるんだけど…
実はそれって
”ただ見てないだけ” ってこともあるんじゃないかな、って。

やる子と、やらない子。

僕の周りでもいます。
すぐに宿題に取りかかる子。
なーんにもせずにゴロゴロしてる子(笑)
でも、それを見て
「うちの子、やる気ないんだよね〜」
って嘆いてる親もいれば
「たぶん、スイッチ入るタイミングが違うんだろうな」
って構えてる親もいる。
この差、けっこう大きいんですよね。
子どもって、やる気がないわけじゃない。
ただ“どうやってやるか”の道筋が、まだ見えてないだけ。のパターン。
だから「今はまだ準備中なんだな」って見てあげる目線、
けっこう大事だったりします。
“自主性”と“放任”は、似てるようでまったく別モノ。
「好きなようにさせてます!」
っていうのは、自主性っぽく聞こえるけど…
実際は、
正しい方向に導く“ヒント”を出してない
本人も「どうしたらいいか」がわからない
そんな状態だったりしませんか?
“選ばせる”って、
“放り出す”のとはぜんぜん違う。
自主性ってのは
「自分で考えて、選んで、動ける」ってこと。
そして、それができるには
安心して選べる “土台” が必要なんですよね。
親のポジションって、なんだろう?

僕が思うに…
親は「見守りガイド」って感じがしっくりくる。
前に立ってグイグイ引っ張るんじゃなくて
後ろからそっと支えるイメージ。
子どもが何かやろうとしたときに
「うん、いいね!それでどうしたい?」
って、もう一歩だけ深く聞いてみる。
それだけで、自主性ってグッと育つと思うんです。
もちろん、全部を子どもに任せる必要はないし
危ないこと・困ることにはきちんと線を引くのも大事。
でもその“線引き”があるからこそ、
子どもは「どこまで自由にしていいか」を安心して試せるんですよね。
まとめると…

自主性ってのは、
「勝手にやっていいよ〜」って投げることじゃなくて
“自分で選ぶ力” を育てること。
そのために、親はちょっと引いた場所で
“ちゃんと見てるよ”っていう存在でいられると、最強です。
まあ、そうは言っても…
こっちだって親業、毎日真剣勝負ですよね(笑)
つい口出ししたくなるし、
「なんでやらないの!」って叫びたくなる日もある。
でも、そんな時こそちょっと立ち止まって
「これは自主性?それとも放任?」って
自分に問いかけてみるのもアリかもです。
子どもの成長は、ゆっくりでもちゃんと進んでる。
信じて、見守って。
でも時にはヒントを添えて。
それが、“本当の自主性”の育て方かもしれませんね



